2008年05月25日
AKB48研究生公演がなぜ面白いかについての考察
Online Column - AKB48物語「チームA 4thリバイバルと初の研究生公演」を昨日アップしました。
そこで少し言い忘れたことを思い出したので補足しようと思います。
研究生公演を見て、「なぜこれが楽しいのか」を言葉でどうやって説明したら理解してくれるのか、すごく悩んでいました。
言葉にすると、
「チームA、K、Bにはないひたむきさが研究生にはある」
となってしまうんですが、いったいこの“ひたむきさ”って何だろう。もっといい言葉はないんだろうか……。
チームA(まだそんな言葉すらなかった頃)の最初の2ヵ月ぐらいは、そういうのがあった気がするし、チームKもチームBもそういうのを持っていた気がします。
最初の頃に夏まゆみ先生が「あなたたちはステージに立った瞬間、プロなのよ」とレッスンなどでメンバーたちに厳しく言っていたのを映像でよく見かけました。
AKB48のメンバーたちがその意味はどのぐらいわかって、どのぐらいそれを実践できているのか、を考えたとき、私が使った「ひたむきさ」という言葉の持つ意味が見えてくるような気がしました。
つまり、「プロのエンターテイナーとしてステージに立つ」ことの意味を「お客さんにお金を払っていただいて見ていただく対価として、ステージを楽しんでもらう」ことと考えると、それをどのぐらいまで意識してステージに立てるかによってプロかそうでないのかがわかってくるような気がします。
チームA「Partyが始まるよ」公演の最初の頃、もちろん彼女たちがプロ意識を実践できているわけではありませんでした。でも、そうなろうとして一生懸命にやっていたことが、客席にいるファンにも伝わり、ファンはさらに応援し、メンバーが成長していき、次第にプロ意識が形となったステージとして少しずつ一人前になっていきました。
プロとしての養成期間中は、「入場料の分を楽しんでもらう」などという意識を持てるはずもなく、ただ、今、自分にできることを精一杯ひたむきにやることしかできません。ファンは入場料の見返りを求めることなどを差し置いて、ひたむきにステージで自分自身を表現しようとしている彼女たちの姿に心を打たれ、よりいっそう応援したいという気持ちになる……そんな、ある意味「無償の愛」的な関係が一時期成立するわけです。
その成長の過程そのものが実はAKB48プロジェクトの醍醐味だったのではないかと。
だから昔から見ている人にとって、研究生公演は面白くてたまらないものなのです。それを思い出させてくれた、という意味では、見ている側にとって、とても価値のある公演だったのではないかと思います。
秋元康プロデューサーが「AKB48の劇場公演はショウケース」だという発言をよくしています。
ショウケースとは、「陳列棚」のことです。陳列されているのは原石であるAKB48のメンバーたちです。
スタッフはそれが宝石になるような工夫をし、
ファンはそれが宝石であるかのごとく吹聴し、ときには輝き方をアドバイスし、
メンバーは自分が宝石だと信じて前向きに努力し、
プロダクションはじめ業界関係者は輝くと予測した原石に投資する
そういう図式をAKB48劇場の毎日の公演で実践するのが本プロジェクトの狙っているところであり、実際に事務所関係者や映画・ドラマのプロデューサーがこの公演を見てメンバーを発掘しているのです。
頻繁に通うファンは彼女たちの変化にはより敏感に反応します。良くなった、悪くなった、今日はどうだった、など。一部の人は自分が好きなメンバーに盲目的に応援することしかできないかもしれませんが、何度も通うようになると、いろんなところに目がいき、ステージ全体の良しあしなどについても気がつくようになっていきます。
今回の研究生公演は、そういった「ショウケース」という元来のコンセプトを再確認させてもらうことができました。
だからプレアイドル好きな人、これから誰がブレイクするのかに興味のある業界関係者にとっては研究生公演は面白くてたまらないのです。だから本当なら、原石を発掘したい事務所関係者はこういう研究生公演こそ足を運ばなければいけないんだと思うんですね。
私はコラムで名前を挙げずに3人を注目の研究生としてピックアップしましたが、別の視点から見れば、もっといい素材がこの中にいるかもしれません。
目が肥えた観客と、現状そのものを楽しみたい観客がショウケース的公演に対してどの程度期待しているのかについては正直わかりません。
もちろん、公演を行えばそれを見たいお客さんはたくさんいるはずなので、客席が満員になってしまう現状を考えると、それなりなものを見せていかなければならないという制作者側のプレッシャーもあるはずです。
だからすごく難しい。
昔、某アイドルグループで同じような「新人公演」があったんですが、クオリティは高くないけど、客だけは入る、じゃあそれでいいのか? 新人育成になっているのか? 出演メンバーは勘違いしないのか? といった議論が交わされたことがありました。
ですから、公演のやり方などが議論の対象になるのではなく、公演内容そのものが話題の中心になるようにもっていかないと、いろんな意味で「成長」できないと思います。「ニーズがあるからやる」だけではいけないような気がします。その一歩先に何があるかを見すえて行っていただきたいものです。
この記事についてTweetする そこで少し言い忘れたことを思い出したので補足しようと思います。
★研究生にしか持っていない“ひたむきさ”
研究生公演を見て、「なぜこれが楽しいのか」を言葉でどうやって説明したら理解してくれるのか、すごく悩んでいました。
言葉にすると、
「チームA、K、Bにはないひたむきさが研究生にはある」
となってしまうんですが、いったいこの“ひたむきさ”って何だろう。もっといい言葉はないんだろうか……。
チームA(まだそんな言葉すらなかった頃)の最初の2ヵ月ぐらいは、そういうのがあった気がするし、チームKもチームBもそういうのを持っていた気がします。
最初の頃に夏まゆみ先生が「あなたたちはステージに立った瞬間、プロなのよ」とレッスンなどでメンバーたちに厳しく言っていたのを映像でよく見かけました。
AKB48のメンバーたちがその意味はどのぐらいわかって、どのぐらいそれを実践できているのか、を考えたとき、私が使った「ひたむきさ」という言葉の持つ意味が見えてくるような気がしました。
つまり、「プロのエンターテイナーとしてステージに立つ」ことの意味を「お客さんにお金を払っていただいて見ていただく対価として、ステージを楽しんでもらう」ことと考えると、それをどのぐらいまで意識してステージに立てるかによってプロかそうでないのかがわかってくるような気がします。
チームA「Partyが始まるよ」公演の最初の頃、もちろん彼女たちがプロ意識を実践できているわけではありませんでした。でも、そうなろうとして一生懸命にやっていたことが、客席にいるファンにも伝わり、ファンはさらに応援し、メンバーが成長していき、次第にプロ意識が形となったステージとして少しずつ一人前になっていきました。
プロとしての養成期間中は、「入場料の分を楽しんでもらう」などという意識を持てるはずもなく、ただ、今、自分にできることを精一杯ひたむきにやることしかできません。ファンは入場料の見返りを求めることなどを差し置いて、ひたむきにステージで自分自身を表現しようとしている彼女たちの姿に心を打たれ、よりいっそう応援したいという気持ちになる……そんな、ある意味「無償の愛」的な関係が一時期成立するわけです。
その成長の過程そのものが実はAKB48プロジェクトの醍醐味だったのではないかと。
だから昔から見ている人にとって、研究生公演は面白くてたまらないものなのです。それを思い出させてくれた、という意味では、見ている側にとって、とても価値のある公演だったのではないかと思います。
★AKB48劇場は「ショウケース」
秋元康プロデューサーが「AKB48の劇場公演はショウケース」だという発言をよくしています。
ショウケースとは、「陳列棚」のことです。陳列されているのは原石であるAKB48のメンバーたちです。
スタッフはそれが宝石になるような工夫をし、
ファンはそれが宝石であるかのごとく吹聴し、ときには輝き方をアドバイスし、
メンバーは自分が宝石だと信じて前向きに努力し、
プロダクションはじめ業界関係者は輝くと予測した原石に投資する
そういう図式をAKB48劇場の毎日の公演で実践するのが本プロジェクトの狙っているところであり、実際に事務所関係者や映画・ドラマのプロデューサーがこの公演を見てメンバーを発掘しているのです。
頻繁に通うファンは彼女たちの変化にはより敏感に反応します。良くなった、悪くなった、今日はどうだった、など。一部の人は自分が好きなメンバーに盲目的に応援することしかできないかもしれませんが、何度も通うようになると、いろんなところに目がいき、ステージ全体の良しあしなどについても気がつくようになっていきます。
今回の研究生公演は、そういった「ショウケース」という元来のコンセプトを再確認させてもらうことができました。
だからプレアイドル好きな人、これから誰がブレイクするのかに興味のある業界関係者にとっては研究生公演は面白くてたまらないのです。だから本当なら、原石を発掘したい事務所関係者はこういう研究生公演こそ足を運ばなければいけないんだと思うんですね。
私はコラムで名前を挙げずに3人を注目の研究生としてピックアップしましたが、別の視点から見れば、もっといい素材がこの中にいるかもしれません。
★ショウケース的な公演は必要!?
目が肥えた観客と、現状そのものを楽しみたい観客がショウケース的公演に対してどの程度期待しているのかについては正直わかりません。
もちろん、公演を行えばそれを見たいお客さんはたくさんいるはずなので、客席が満員になってしまう現状を考えると、それなりなものを見せていかなければならないという制作者側のプレッシャーもあるはずです。
だからすごく難しい。
昔、某アイドルグループで同じような「新人公演」があったんですが、クオリティは高くないけど、客だけは入る、じゃあそれでいいのか? 新人育成になっているのか? 出演メンバーは勘違いしないのか? といった議論が交わされたことがありました。
ですから、公演のやり方などが議論の対象になるのではなく、公演内容そのものが話題の中心になるようにもっていかないと、いろんな意味で「成長」できないと思います。「ニーズがあるからやる」だけではいけないような気がします。その一歩先に何があるかを見すえて行っていただきたいものです。
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この記事へのコメント
1. Posted by ピーナッツ 2009年07月23日 08:48
僕も、初めて、研究生公演を観たとき、「ひたむきさ」みたいなものを感じました。とにかく、元気ハツラツさ加減が、素晴らしく、「私、一生懸命、頑張りますから、全部、見て下さい!そして、宜しくお願いします」みたいな空気が充満していました。確かに、MCは、グダグタだし、間も悪いし、ムダに長いし…。でも、そんなに気にならない。
人は、A,K,B,研究生に限らず、本当に掛け値なく一生懸命、頑張っている人には、気持ちよく引き込まれるんだなぁって思いました。研究生は、そういう人が、他チームに比べて、多いのだと思います。
人は、A,K,B,研究生に限らず、本当に掛け値なく一生懸命、頑張っている人には、気持ちよく引き込まれるんだなぁって思いました。研究生は、そういう人が、他チームに比べて、多いのだと思います。

